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鹿児島地方裁判所 平成8年(ワ)1368号 判決

原告

株式会社南九州ファミリーマート

右代表者代表取締役

白石紘一

右訴訟代理人弁護士

西尾孝幸

被告

旧姓平賀

谷口孝志

右訴訟代理人弁護士

小城和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一三八七万九六三五円及びこれに対する平成九年二月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、フランチャイザーである原告が、フランチャイズ契約を締結してコンビニエンスストアを経営したものの中途解約して閉店した有限会社の代表者である被告に対し、有限会社法三〇条の三第一項により、予備的には法人格否認の法理に基づき、同契約の解約に伴う解約金等相当の損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、宮崎県及び鹿児島県において、コンビニエンスストアのフランチャイズチェーンの本部を運営するものである。

原告は、平成六年七月六日、有限会社リカーランドヒラガ(以下「訴外会社」という。)と、ファミリーマートフランチャイズ契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同社は、原告のフランチャイズチェーンに加盟し、コンビニエンスストアの経営を行うようになった。

被告は、訴外会社の代表取締役であった。

2  訴外会社は、平成六年九月二一日、宮崎県宮崎郡清武町大字加納字斉田甲〈番地略〉所在の被告が所有する建物(以下「本件建物」という。)において、「ファミリーマート平賀加納店」(以下「本件店舗」という。)を開店し営業してきたが、平成七年一二月一四日、原告に対し、「被告が健康を損ねたので店舗運営ができなくなった」と記載した書面を送付し、本件契約の中途解約を申し入れ、その後解散した。

二  原告が主張する訴外会社に対する債権額(原告の損害額)

1  本件契約においては、フランチャイジーである訴外会社からの中途解約申入れの場合、同社は次のような義務を負う旨定めてある。

① 解約金 八二二万〇四五〇円(契約書五五条四項(2)①)

平成七年三月から平成八年二月までの一年間の営業総利益四六九七万四〇〇〇円を一二か月で均等分割したものの三五パーセントの六か月分

② 除去する貸与物件につき原告が算出した法定残存簿価

一〇〇二万七二五六円(契約書五五条四項(2)②)

③ 貸与物件の撤去費用 七七万三五三〇円(契約書六一条二項)

④ 閉店手数料 八万円(契約書六三条)

2  これに対し、閉店に伴い原告が訴外会社に支払うべき金員として、次のものがあった。

①平成八年二月末の預金決済勘定残金 三六三万五六八一円

②両替現金返還分 四〇万円

③商品本部買収分 一一八万五九二〇円

3  以上より、原告が訴外会社に対して有する債権は、一三八七万九六三五円となる。

三  二の原告の主張に対する被告の認否

1  ①②につき、契約書五五条四項(2)に①解約金、②除却する貸与物件の法定残存簿価につき条項があることは認め、金額等は否認する。

訴外会社は、本件契約締結後一貫して赤字で、閉店まで営業利益など出ていない。

③につき、契約書六一条二項に貸与物件の撤去費用金を負担しなければならない旨の条項があることは認め、金額については不知。

④は認める。

2  原告が訴外会社に支払うべき金員については不知。

四  本件契約の締結から解約に至るまでの経緯に関する双方の主張

1  被告の主張

(一) 訴外会社は、被告夫婦が店舗経営のために設立していた会社であり、酒類販売を営んでいた。原告の若松孝治常務取締役(以下「若松」という。)は、平成六年三月、四月ころ、被告に対し、ファミリーマート店舗の開店を勧誘し、加盟のための条件として、店長、マネージャーの二名がいないと営業できない、店長には五三歳未満の年齢制限があり、被告にはその資格がない、被告夫婦は老齢でもあるから、原告の連れてくる店長とマネージャーを雇って、店はこの二人と原告に任せて、オーナーとして楽隠居すれば良い、場所が良いので一か月九〇万円は残ると説明したので、その言を信じて本件契約を締結することにした。

(二) 若松が、店長として芥田恭典(以下「芥田」という。)を、マネージャーとして小畑智彦(以下「小畑」という。)を紹介してくれ、訴外会社が両名を雇うことになったが、若松から、二人に対し試用期間無しで一か月五〇万円の給与と利益の三〇パーセントを支払うように指示された。店の事前調査に来た原告の建築担当の基太村によれば、七、八〇〇万円で開店できるとのことであったが、結果的には、店舗改装費に一六〇〇万円、その他加盟金、調査費、運転準備金、仕入金等で約三〇〇〇万円を要することになったが、ともかくも平成六年九月に本件店舗を開店した。

(三) 被告は、若松から、店の経営は店長らに任せタッチしないようにと言われていたので当初は関与しなかったが、開店一週間後に様子をうかがったところ、事務所、倉庫は散らかし放題で商品の所在も分からない始末で、監督のため毎日店に出ざるを得なくなった。二人の仕事ぶりは若松の言に反し全く教育されておらず、酒類においては一ダースと一ケースの区別がつかず、客に半値で売ったり、被告が注意すれば「俺たちはオーナーの言うことなど聞く必要はない、俺たちの給料は原告から出るんだ。若松常務がそう言ってた。」という態度で、店を任せられる人物とは程遠いものだった。被告夫婦も店の仕事をしながら店長らの教育監督を行ったが、二人にはその能力もやる気もなく、被告は、若松に対し、二人が店長、マネージャーに適していないことを申し出、開店二か月後にその入替えを要望するとともに、二人の再教育を依頼した。更に平成六年一二月にも同様に再教育の依頼をしたところ、平成七年三月に宮崎市内に開店予定の店に移動させるので、それまで待つようにとのことだった。

(四) 芥田及び小畑は、平成七年三月末で退職となったが、若松からは次の店長は自分で捜せと責任を転嫁され、被告自ら捜せないので、「四月一日から店長もマネージャーもいなくなり、規約により店はやっていけないことになるから、本件契約を解約して欲しい。」と申し出たところ、原告の松田龍朗営業部長(以下「松田」という。)から「解約金三五〇〇万円を払え。」と言われた。被告は、やむを得ない事情があるのに、解約するには数千万円の金がいると言われ驚愕するとともに、そのような多額の金は都合がつかないため、原告の白石紘一社長及び専務に相談したところ、とりあえず年齢不適格ながら被告がつなぎの店長になり、アルバイトで働いており原告に入社を希望していた大学生の矢田研人(以下「矢田」という。)を、平成八年四月から店長として三年間訴外会社に勤務させる旨の約束をもらった。若松は、矢田の将来の処遇について、訴外会社に三年間店長として勤務させたあと、実績を上げたら原告で良いポストに採用する旨言っていた。そこで、被告は、平成七年三月に二週間原告の店長教育を受けるとともに、矢田に月二〇万円の給与を支給し、同年四月から被告がつなぎの店長、矢田がマネージャーとして本件店舗の経営に当たることになったが、楽隠居どころか、二四時間営業のため睡眠時間は三、四時間になることが多く、冷蔵庫内の作業も五、六時間にも及ぶことから次第に体調を崩し、腰痛、両手両足関節炎を患い、治療を要するまでになってしまった。更に、松田は、同年八月、被告の店長資格は平成八年二月末までとすること、矢田を卒業と同時に原告が採用することを通告して来た。このことは同年四月以降店長がいなくなり、ファミリマートの加盟店として経営が継続できないことを意味する。年齢的に店長資格の無いものを勧誘しておきながら、原告の右所為は意図的に訴外会社をつぶしにかかったものとしか言いようがない。

(五) 原告は、平成七年八月には、本件店舗から一五〇〇メートルの位置にファミリーマートロビンソン店を、同年一〇月には二五〇メートルの直近に直営店を開店したが、これは本件契約の趣旨にもとる背信行為といわざるを得ず、これも訴外会社の店舗の赤字経営の一因となるとともに、原告の右所為も意図的に訴外会社をつぶしにかかったものと判断される。

(六) 収益についても、勧誘の際は一か月九〇万円は残ると言っていたが、開店当初から赤字で、経営を維持するのに被告夫婦の個人資金を訴外会社に投入せざるを得ず、累積赤字の増大を避けるためには店舗経営を断念せざるを得なかった。本件契約締結前の訴外会社の決算は黒字で推移していたが、同契約締結後の平成七年度は六〇一万六七一五円の、平成八年度が一一二一万八三八八円の巨額の損失を出している。原告は、本件店舗は黒字であったと主張するが、訴外会社の経費を考慮に入れておらず、経費負担なしに本件店舗に商品を卸し、利益を乗せて販売するのであるから、原告の決算は黒字になるのは当たり前である。

(七) 訴外会社は、酒類等の店舗経営のために設立した会社で、被告夫婦が役員となっていたが、被告が、妻の反対を押し切る形で本件契約の締結を強行し本件店舗を経営することになったものの、赤字経営で、仕事量も夫婦の負担が大きく、夫婦間の亀裂が大きくなり離婚問題にまで発展してしまった。ついには妻から平成八年四月に離婚調停、同年八月には離婚訴訟を提起されることになり、本件契約さえ締結しなければ被告夫婦は離婚に至ることもなく、従前の酒店経営をしながら細々と生計は維持できたものを、一転してわびしい老後を迎えなければならない結果となってしまった。被告は、離婚紛争の過程で慰謝料、財産分与の請求を受けることとなったが、もうひとつの清算事項として訴外会社の問題があり、妻の要求は役員を抜いてくれということでもあったが、店が閉店となった以上被告夫婦にとって訴外会社は無用のものとなり、同社を存続させる意味もなくなり、赤字経営にかかる損失については、被告夫婦の私財からほぼ解消されており、訴外会社にはこれといった資産は無いことから解散の方法がとられた。

2  原告の主張

(一) 被告は、本件店舗の所在地で「リカーショップヒラガ平賀酒店」を経営してきた。右店舗は、どこの系列にも属さないコンビニエンス店舗、いわゆる「自己コンビニ」で、被告は、夫婦共有地に店舗を構え、パートの女性を一、二人使って夫婦で経営してきたが、近所のコンビニエンスストアに押され気味になって、経営の合理化を迫られる状況にあった。被告は、従業員も女性パートしか集まらないし、個人の力ではこれ以上の発展は無理と自分の力の限界を感じ、宮崎県酒類販売株式会社の紹介で知り合った若松と話し合い、原告の「ファミリーマートコンビニエンスチェーン」に加盟することとした。被告は、他のコンビニエンスストアフランチャイズシステム等と比べ、鹿児島本社にも来所し、本社脇の店舗も見学するなど詳しい説明を聞き、検討を重ねた結果、店舗経営の将来を考えて加盟を決めた。被告は、平成六年四月二六日に原告との「覚書」(甲二九)を締結し、原告が立地条件の調査や教育研修をする前提で五〇万円を支払ったが、同年七月六日の本件契約の締結に至るまで二か月半熟慮し、五〇万円を放棄して正式契約を止めることもできた。

(二) 原告は、被告に対し、店長、マネージャーを紹介はしたが、被告が面接を行った上であくまで訴外会社が採用したのである。店長、マネージャーへの「三〇パーセントの分配」というのは、若松が、二人にはボーナスがないのだから功績給を認めてオーナー分五〇万円を差し引いた後に剰余が出たらその三〇パーセントをボーナスとして店長、マネージャーに分けたらどうかと提案したものである。原告が、被告に対し、七、八〇〇万円で開店できると説明したことはない。店舗の改築工事費については、平成六年五月二四日付けガイドライン(甲一三)の三枚目の資金計画の工事費の欄に「一七〇〇万円」と記載されており、被告が説明を受けたものとして署名捺印があり、店舗レイアウトも同年七月六日付け契約書(甲二)末尾に添付してある。しかも、工事自体は三社見積りさせながら、被告が選択した百市工務店に工事させた。被告の改築工事費が予定以上にかかったは、必要のない倉庫を取り付けるため、階段の取り外し工事をしたためである。被告は「妻が下りて来ないためにするものだ。」とも言っていた。

(三) 原告が、被告に対し店舗経営にタッチしないように指示したり、店長が暴言を吐いた事実はない。被告は、芥田及び小畑がいかにも不適格のごとく主張するが、全くそのような事実はない。同人らが一ケースを一ダースと間違えて売却したことはあったが、客が気付いてすくに支払った。むしろ、被告は、契約上、店内の酒類の販売を本件店舗の売上げとして計上しなければならないのに外商の別レジに計上していたが、原告は、大目に見ることにしていた。芥田及び小畑は、いずれも従来の職歴を放棄し、将来コンビニエンスストアをやるための勉強と考え、オーナーのために一生懸命働く意気込みでいたところ、被告は、原告から指示されたマニュアル(全国チェーンのコンビニエンスストアの運営では非常に重要である。)を無視して口出しをして指示を乱発し、同人らの業務を混乱させ妨害した上、客観的には辞めさせる理由がないのにわがままで辞めさせてしまった。

(四) 原告は、被告から、マネージャーを辞めさせるとは聞いたが、新しい店長の紹介を依頼されたことはない。被告は、「自分でやるので研修を受けさせてくれ。」と申し出たので、平成六年一二月ころ、被告に対して店長の研修が行われたが、これは臨時措置ということで新店長を雇う前提で行われたものである。芥田及び小畑は、平成七年三月三〇日辞めることとなり、アルバイトの矢田がマネージャーに昇格し、同月二九日に業務を引き継いだが、矢田は、一日十数時間働くのに月給二〇万円と言われむしろ減額となった。また、矢田は、同年八月の時点では、訴外会社に就職するつもりであり、原告に入社することは全く希望していなかったが、同年九月、原告の福﨑忠所長(以下「福﨑」という。)に原告の入社試験を受験するつもりはないかと聞かれたので、被告に確認したところ、受験するように指示された。当時原告が本件店舗の運営を代行する話も進められており、矢田は、被告から「あなたもどうなるかわからないよ。」と言われたので原告を受験し、同年一〇月原告から採用の内定を得た。原告は、同年九、一〇月ころ、被告から、店長をやっていけないので原告で借りて欲しい旨の申し出を受け、原告が運営を代行することになり、被告と協議を重ねた。原告は、当初、月八〇万円で借り受ける提案をしたが、被告の希望を入れて一〇〇万円で借りることとし、契約書まで出来ていたのに、被告が理由も示さず「自分でやる。」と言い出し、その後は「止める。」と言い出した。

(五) 本件店舗の付近に開店する場合があることは契約書七条(テリトリー権の否定)に規定があり、原告は、契約締結時に被告に対して説明してある。

(六) 収支予想は、前記ガイドラインの五枚目にあるとおり、月約一〇〇万円の収益が見込まれ、店長、マネージャーの給与五〇万円を差し引いた五〇万円がオーナーの取り分となる。ガイドラインで予想したとおり、開店直後の一日の売上げは五〇万円に達し、売上高については被告から何らの文句もなく、経営自体は順調であった。本件店舗の平成六年九月から平成七年八月までの一年間の商品総売上げは約一億七六六六万円、営業総利益は約四三二一万円、営業費を差し引いた営業利益は一四三七万円で(甲八の2)、当初計画より四〇〇万円も上回る好成績であり、月に換算すれば、営業利益は約一二〇万円で、店長、マネージャーの給料五〇万円を引いても七〇万円が被告の手元に残る。訴外会社の本件契約締結前の決算書(甲一四の1)によると、一年間の商品売上げは九六六〇万円、営業利益は一八八万円であり、本件契約締結によって売上げは1.8倍になったのである。被告のいう「会社経費」とは、被告個人の役員報酬と家賃収入のことであり、結局被告の手元に残る金であるから、経理上赤字になるかならないかは重要ではなく、手元に残る金が確保されている以上経費うんぬんは問題ではないし、契約当時、被告がこのことを問題にした形跡はなく、原告は、ガイドラインを被告が了解したものとしてスタートしたのであって、後になって「思惑が外れた」というのは被告の責任である。

(七) 原告は、被告に対し、解約金については、契約当初にも説明し、「止めたい」という話が出たときも説明してあり、止めるのであれば違約金の支払義務を訴外会社が負担すべきことを被告は充分承知していた。解約金の支払義務については、平成六年一二月二〇日の被告の申し出後、平成七年一月二三日、同年三月二〇日の文書作成時にも協議がなされ、原告としては、被告が解約金の支払に責任を持つと信じて解約の申し出に応じたのである。

五  争点

1  被告の訴外会社の取締役としての責任(有限会社法三〇条の三第一項)

(一) 原告の主張

訴外会社のような小規模企業においては、企業の意思は代表者個人の意思と合致するところ、同社の代表者であった被告は、原告に多数の支援出捐をさせて営業の協力をさせていながら、コンビニエンスストア運営の何も理解しようとせず、原告の指示に従わず、店舗内の商品の並べ方を勝手に変え、自分の好みで従業員を辞めさせ、自分のミスを人に押しつけ、店舗運営は黒字で順調なのに、わがままで本件契約の中途解約を申し入れた。被告は、健康上の問題を理由として本件契約の中途解約を申し入れたが、通院は閉店後の平成八年六月から同年八月二九日までの針灸であり、右理由は虚偽である。被告は、財産が乏しい訴外会社が解約金の支払義務があることを承知の上で、不合理な恣意的判断に基づき本件契約を解約したのであり、このような場合に同社の代表者である被告が責任を免れるのは不当である。また、被告は、訴外会社のめぼしい資産をすべて個人に帰属させ、同社には全く資産がない旨宣言し、同社の原告に対する債務を踏み倒す意思を持って会社の解散手続を強行し、この解散によって、原告は、同社に対する勝訴判決を得たにもかかわらず、債権を回収することができなくなった。訴外会社の債務の支払を免れる目的をもって行った代表者すなわち被告の行為は、有限会社法三〇条ノ三第一項の悪意または重大なる過失の場合に該当し、被告は、原告の損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告の主張

訴外会社が中途解約してでも閉店せざるを得なかった理由は、①原告が店長制度を盾にとり、本件店舗を閉店せざるを得ない状況に追い込んだこと、②当初の勧誘の際の楽隠居どころか、被告自ら長時間の労働を強いられ、腰痛、両手足の関節炎を患い、心労が重なって店舗経営できる状態でなくなったこと、③赤字続きで、老後のささやかな貯えどころか個人負債が増えていくことに恐怖感を覚えたことにあった。このような状況から、原告の社長に事情説明の上、加盟店から撤退したい旨申し入れ、解約理由は福﨑の指導のもと記載したものである。また、訴外会社の資産を被告が隠匿した事実は全くなく、閉店時にはそもそも格別の資産など無く、残されたものといえば、開店準備の借入金、その後の運転資金の借入れ等負債のみである。訴外会社は解散となったが、そもそも同社には資産は無かったものであるから、解散されたことによって原告の債権が回収できないという結論にならないことは明らかで、主張自体失当である。

2  被告の法人格否認の法理による責任

(一) 原告の主張(予備的主張)

本件店舗の経営基盤は被告の個人財産でありながら、本件契約は原告と訴外会杜との間で締結されており、契約書上被告個人は責任を負ってはいない。しかし、訴外会社は被告が節税のために設立した会社であり、本件店舗は実質上すべて被告個人の判断で運営されており、被告は、開店、運営、閉鎖のすべての段階を通じて、あるときは個人あるいは法人として活動し混同し、解約の条件についても個人名でサインしており(甲九)、被告自身も個人を「オーナー」と自認しその旨供述している(乙一)。このような場合、一方的都合で営業を閉鎖し、原告に損害金を支払うべき状況になった訴外会社について、会社には役員個人の資産しかないから支払わなくて当然という被告の態度は、会社代表者として無責任極まるもので、到底許容し難いものがある。被告は、訴外会社の国民金融公庫に対する負債は個人資産で全額支払ったのに、原告に対しては支払わず、被告の個人資産が確保され、原告が一方的に損害を被るのは公平を欠く。被告は、訴外会社に財産的基盤がなく、個人資産は安全だからいくら同社が負担を負っても関係ないと考え、積極的に閉鎖中止を決めたものであって、その結果財産の無い法人しか責任を負わないとすれば、これこそは法人格の悪用と評すべきである。

(二) 被告の主張

訴外会社は、酒類販売の免許を有し顧問税理士の介入する健全な会社で、本件契約締結前は利益を上げていた、決算書記載の資産を備えた実体のある会社であり、法人格否認の法理の適用される形骸にすぎない場合には当たらない。原告が、訴外会社の実態等を十分調査して同社と本件契約を締結したのは、同社が健全な実体のある会社と判断したからにほかならず、同社を被告個人営業と同視すべきであるとするなら、当初から被告個人と本件契約を締結すべきであり、この期に及んで同社を個人営業と同視すべきであるなどと主張するのは失当である。

第三  争点に対する判断

一  認定事実

前記争いのない事実と証拠(甲一ないし四、五及び六の各1、2、七、八の1ないし3、九ないし一三、一四の1ないし13、一五の1ないし16、一六ないし二二、二四ないし二九、三〇の1、2、三一ないし三五、乙一ないし四、五の1、2、六、七、一〇、証人若松孝治の一部、同小畑智彦、同矢田研人、同福﨑忠の一部、被告本人の一部)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  原告は、平成五年四月に設立され、株式会社ファミリーマートとの間で締結したファミリーマート・エリアフランチャイズ契約に基づき、鹿児島県及び宮崎県においてコンビニエンスストアのフランチャイズチェーンの本部を運営する会社であり、平成六年八月に宮崎営業所を開設した。

訴外会社は、被告と妻の平賀澄が平成二年四月に設立した酒類販売の免許を有する会社であり、被告名義の宮崎県宮崎郡清武町大字加納字斉田甲〈番地略〉の土地上の被告夫婦共有の本件建物において、パートやアルバイトを使用して酒店を営んでいた。

被告は、訴外会社の代表取締役であり、妻は取締役専務であった。

2  訴外会社は黒字経営ではあったが、被告は、将来の酒店経営の転換を考えていたところ、平成六年三月ころ、宮崎県酒類販売株式会社の大田原所長の紹介で原告の常務取締役である若松と知り合い、同人からファミリーマート店舗の開店を勧誘された。被告は、若松から、店長、マネージャーの二名がいないと店舗は営業できず、店長には五五歳以下の年齢制限があり、被告にはその資格がないので、店長、マネージャーを雇わざるを得ないこと、月一四〇万円の営業利益から店長、マネージャーの給料計五〇万円を引いた残りの九〇万円が被告夫婦の取り分となることなどの説明を受け、妻の反対を押し切って、原告の「ファミリーマートコンビニエンスチェーン」に加盟することを決めた。原告は、訴外会社との間で、同年四月二六日付け覚書(甲二九)を結び、立地条件の調査等を行い、栗野一文課長が、同年五月二四日付け「事業ガイドライン」(甲一三)に基づき、被告に対し、店舗開店には合計二一〇〇万円(覚書五〇万円、加盟費用一〇〇万円、商品等・両替準備金一五〇万円、工事費一七〇〇万円、諸経費五〇万円、その他五〇万円)が必要であること、収支予想として、初年度の売上高は一億八二五〇万円(日商五〇万円)、営業総利益は四二二五万円であり、営業総利益の三五パーセント相当額(本部フィー)の一四七八万八〇〇〇円を原告に支払い、パート、アルバイトの人件費等の営業経費を差し引いた営業利益は一四五六万七〇〇〇円であることなどを説明したが、「事業ガイドライン」には本件建物の賃料は経費として計上されていなかった。原告は、訴外会社の決算書(甲一四の1ないし6)の提出を受け、同年七月六日、訴外会社との間で、株式会社ファミリーマートが保有するイメージと同社の開発したシステムのもとでフランチャイジー(加盟者)が一定の対価を支払い、原告の経営・技術指導等の援助を受けてファミリーマート店を経営することを内容とし、契約期間を一〇年とする本件契約を締結し(甲二)、その際、訴外会社が本件店舗以外の配達等で販売する酒類についてはファミリーマートの売上げとはしない旨の約束をした。原告は、本件建物が訴外会社の所有ではなく、同社には格別の資産は無いことを承知していたが、株式会社ファミリーマートの指導に基づき、法人である訴外会社と本件契約を締結し、代表者である被告の保証は取らなかった。

3  若松は、宮崎県酒類販売株式会社に勤務する小畑がファミリーマート店の経営を希望しているのを知っていたので、同人とその友人の芥田を被告に紹介し、被告による面接を経た上、訴外会社が、芥田を店長として、小畑をマネージャーとして雇うことになり、若松の提案で、二人に対し試用期間無しで月二五万円ずつの給料を支払うことになった。訴外会社は、平成六年九月二一日、宮崎県内で原告の五軒目の店舗である本件店舗を開店したが、被告は、同月二八日ころ、本件店舗の様子を見に行ったところ、事務所及び倉庫が散らかし放題であったため心配になり、監督のため毎日店に出るようになった。芥田及び小畑は、同年八月二二日から同年九月一六日まで二週間ずつ原告による店長、マネージャーの研修を受け、熱心に店舗運営に当たっていたが、コンビニエンスストアの運営は初めてで不慣れな点があり、被告は、同人らがよく働かない、自分の言うことを聞かないと不満を抱き、同年一一月ころ、小畑に、商品の廃棄が多いと注意して商品発注の仕事から外した。また、被告は、原告の宮崎営業所長である福﨑に対しても二人の再教育を要求したが、福﨑は、従業員の教育はオーナーの責任であり再教育はできない旨回答した。被告は、同年一二月ころ、原告に対し、芥田及び小畑を辞めさせたいと告げ、自ら原告で店長研修を受けた。

4  芥田及び小畑は、平成七年三月末で退職し、被告は、自ら店長となることを原告に承認してもらい、開店当時から夜間にアルバイトをしていた大学生の矢田にマネージャーとなるよう依頼した。矢田は、昼間も働くと就職活動ができないとして、卒業後の平成八年四月には訴外会社に入社することを条件に承諾し、時給ではなく月二〇万円の固定給になり、原告の研修も受けた。矢田は、被告から、訴外会社で三年間働けば原告に採用される旨聞かされていたが、平成七年九月ころ、被告の勧めで原告の入社試験を受け、採用が内定した旨を被告に告げたところ「好きにしなさい。」と言われ、原告に入社することを決めた。被告は、同年八月ころ、店長候補を募集したが採用には至らず、同年一一月ころ、矢田が卒業論文作成のため休むようになると、二四時間営業のため睡眠時間が不足し、冷蔵庫内の作業も五、六時間にも及ぶことから次第に体調を崩していった。

5  原告は、平成七年八月には、本件店舗から約一五〇〇メートルの位置にファミリーマートロビンソン店を、同年一〇月には約二五〇メートルの所に直営店を開店した。右直営店は、訴外会社が以前経営していた酒店の強敵であった「ハッピーマート」店を原告が買収したものであった。

6  本件店舗の売上げは宮崎県内の原告の約一五店舗のうちトップであり、原告の計算によれば、本件店舗の平成六年九月から平成七年八月までの一年間の商品総売上高は一億七六六六万一三八二円、営業総利益は四三二一万七八二九円、本部フィーが一四一八万一七九〇円、従業員給料等の営業費を差し引いた営業利益は一四三七万三七八五円であり(甲八の2、一五の1)、月に換算すれば、営業利益は約一二〇万円で、店長、マネージャーの給料五〇万円を引くと七〇万円が残る計算となる。一方、被告が依頼した公認会計士の作成した訴外会社の決算書(乙四、五の1、2)によれば、本件建物の賃料月二〇万円、役員報酬月五五万円(被告の報酬三〇万円、妻の報酬二五万円)が計上されて、平成六年一〇月から平成七年九月までは六〇一万六七一五円の、同年一〇月から平成八年八月までは一一二一万八三八八円の損失が出ている。被告は、本件店舗の第一回目の清算をした平成六年一二月二五日の時点で、原告の計算では訴外会社の諸経費が計上されていないことを確信し、個人所有の本件建物を無償で使用して原告が経費負担なしで利益を上げていると考え、原告に対する不信感を強めていった。

7  被告は、平成七年二月ころから、福﨑に対し、本件店舗を閉店したい旨伝えていたが、同年九月ころ、矢田が原告に入社して本件店舗の店長にならないとすれば、自分の店長資格は平成八年二月までなので本件店舗の運営ができなくなるとして閉店の意向を伝えた。原告と被告との間では、原告が月八〇万円ないし一〇〇万円で本件店舗を借り上げる話が検討されたが、被告は、平成七年一一月ころ、賃貸の話は訴外会社の違約金等の支払を免除されることを条件に考えていたのにそうでなかったので断った。福﨑及び営業部長の松田は、解約金等は一三〇〇万円を超える旨説明したが、訴外会社は、同年一二月一四日付け原告宛て書面(甲三)で「健康を損ねたため店舗運営ができなくなった」として中途解約を申し入れ、原告は、同月二〇日、中途解約することを再度確認した。本件店舗は、平成八年二月二九日に閉店となったが、その後、被告は、平成一〇年一月ころ、コンビニエンスストアローソンに本件建物を賃貸し、月五〇万円の賃料収入を得ている。

8  被告は、平成八年三月ころから妻と別居していたが、妻の反対を押し切って本件店舗を開店したにもかかわらず経営に失敗したことなどを理由として、同年八月離婚訴訟を提起された。被告は、訴外会社の決算書によれば、平成八年八月末時点で一一二一万八三八八円の損失を出しており、同社の負債の主なものは被告夫婦からの二一二四万四八五〇円の借入金であったこと、夫婦で酒店を経営するために設立した訴外会社は離婚や本店店舗の閉店により存続する意味がなくなったことなどから、同年九月ころ、訴外会社の解散手続を取った。また、訴外会社は、原告から提起されたが、答弁書を出しただけで出頭せず、同年一〇月二二日、鹿児島地方裁判所より、一三八七万九八五八円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる判決が出たが、控訴しなかった。被告は、平成九年妻と離婚し、慰謝料として六〇〇万円及び財産分与として三〇〇〇万円を支払い、本件建物は被告の単独所有となった。

二  争点1(取締役としての責任)について

前記認定事実によれば、訴外会社が本件店舗を閉店した原因は、同社の代表者である被告が、年齢制限により店長資格がなく店舗運営に積極的に関与できない形で本件店舗が開店され、雇傭した店長、マネージャーが未経験者で、長年酒店を営んできた被告から見れば未熟な点があって、同社の意思に沿う店舗運営とはいえなかったこと、原告が、訴外会社と被告個人とを明確に区別しておらず、同社は本件建物を賃借する形になるのに経費として家賃が計上されず、同社の経費を差し引いた上で手元に九〇万円残ると思っていた被告の思惑が外れたこと、被告からすれば、本件契約締結に当たって多額の資金を投入した上、予期に反して自ら働かざるを得なくなり、本件店舗が二四時間営業のため労働が加重された割には、期待したほどの収入増ではなかったことなどにあると考えられ、原告が主張するように、被告が、店舗運営が順調なのに、不合理な恣意的判断に基づき本件契約を解約したものとは認め難く、被告が悪意又は重過失により取締役としての任務を懈怠して原告に損害を被らせたものとみることはできないというべきである。また、前記認定事実によれば、被告が、訴外会社の原告に対する債務を踏み倒す意思で同社の解散手続を強行したものとみるのは困難であるし、訴外会社には当初から格別の資産は無かったのであるから、解散により原告の債権回収が困難になったものということもできない。

原告は、被告のいう会社経費とは役員報酬と家賃収入のことであり、結局被告の手元に残る金であるから、経費うんぬんは問題ではない旨主張するが、原告は、本件建物の家賃を差し引く前の営業総利益の三五パーセント相当額を本部フィーとして取得することになり、本件建物を無償で使用して利益を得ることになる点において問題なしとはいい難く、原告の右主張は採用することができない。

三  争点2(法人格否認の法理による責任)について

前記認定事実によれば、訴外会社は、酒類販売の免許を有しており、決算報告書が作成され代表者である被告個人の収支とは区別されていて、財産や業務も混同があったとはいい難い上、原告は、本件建物が同社の所有ではないことを承知の上で本件契約を締結したものであり、法人格が全くの形骸にすぎない場合とはいえないし、法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合にも該当しないというべきである。

原告は、訴外会社は被告が節税のために設立した会社であり、被告の個人財産は確保され、原告が一方的に損害を被るのは公平を欠く旨主張するが、被告も、同社に貸付という形で資金を提供したのに回収できず、本件契約の締結及び解約により損害を被っており、原告のみが一方的に損害を被ったとはいえないこと、原告は、契約締結時に被告に同社の債務を保証させるという手段を取ることができたにもかかわらず、同社に格別の資産が無いことを承知の上で右手段を講じなかったことからすると、原告の右主張は正当であるとはいい難い。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却する。

(裁判官鈴木順子)

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